「日本の日常を見せたかった」カナダ人YouTuberのシャーラ(Sharla)。岩手で英語を教えた日々から、文房具のお店と東京の宿まで
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自動販売機やピザ、
猫のいるホテル、
片付けた空き家。
日本の暮らしの細かなところを
英語で撮ってきたのが、
カナダ人YouTuberの
シャーラ(Sharla)さんです。

 

いま見られる
いちばん古い動画は2011年、
日本の大学に通いながら
日本語で撮った
短い1本です。

 

この記事では、
シャーラさんが日本に来た経緯、
YouTubeを仕事にするまで、
2つのチャンネルの関係、
そして文房具のお店と
東京の宿までを
順に紹介します。

 

登録者数や本数は、
2026年10月30日の
12時50分ごろに
当サイトが測った値です。

シャーラさんのプロフィール。出身や年齢は?

メインのチャンネルの
説明欄は
「Hi I'm Sharla」
という挨拶で始まります。

 

続く一文は
「カナダ人だけれど、
日本とイングランドを
行き来して過ごしています」。

 

いまの拠点は、
日本だけではない
ということですね。

 

育ったのは、
カナダ西海岸の
島にある町ビクトリア。

 

日本政府観光局(JNTO)の英国向けサイトが
2021年3月に載せた
インタビューで、
本人がそう話しています。

 

年齢は、
2021年4月の配信の題名が
「Sharla's 35th Birthday
Stream!」でした。

 

そこから数えると、
2026年10月時点で
40歳前後になります。

 

誕生日の前後で
1歳ずれることがあるので、
目安として
見ておいてください。

 

名前のほうは、
活動名の「シャーラ」以外を
見つけられませんでした。

 

2017年の
The Japan Timesの記事は、
プライバシーのため
姓を載せないよう
本人から頼まれた、
と書いています。

 

フルネームを
期待していた方には
少し肩透かしかも
しれませんね。

13歳で日本語を選び、岩手へ

日本との縁は、
学校の第3外国語でした。

 

2014年7月の
Cheer up! Englishのインタビューでは、
初めて日本語を
勉強したのは13歳で、
なんとなく面白そうだと
思って選んだ、
と語っています。

 

JNTOのインタビューでも、
ロシア語・スペイン語・
日本語の3つから
選べたそうで、
なじみのないものを
選んだと話していました。

 

初めて日本に来たのは
17歳のとき。

 

岩手で
2週間のホームステイを
したのが最初だったと、
Cheer up! Englishの記事に
書かれています。

 

JNTOの記事によると、
盛岡はシャーラさんの
地元ビクトリアの
姉妹都市なんだそうです。

 

その後は
ワーキングホリデーで
岩手のあちこちの学校で
英語を教えました。

 

岩手で暮らした期間は、
2014年の記事では
「計2年」、
2021年の記事では
「3年」となっていて、
数え方に差があります。

 

いったんカナダの
大学に戻ったあと、
2011年の東日本大震災で
岩手の友人たちが心配になり、
その年の9月に
日本へ来たそうです。

 

そのまま
日本の大学に編入しました。

 

岩手への思いの強さが、
ここからも
伝わってくるようですね。

日本語の勉強から始まったYouTube

もう1つのチャンネル
「Sharla in Japan」で
公開中のいちばん古い動画が、
2011年9月9日の1本です。

説明欄には、
東京の大学で
国際コミュニケーションと
言語を学んでいて、
毎週日本語で
ブログを作っている、
と書かれています。

 

Cheer up! Englishでは、
始めたのは
日本語の勉強のためで、
最初は英語の字幕もなく
全部日本語だった、
と振り返っていました。

 

一方でJNTOの記事では、
大学の課題として
留学を考える学生向けの
ブログを頼まれ、
文章が苦手なので
動画にさせてもらった、
と話しています。

 

どちらも、
始めたころを語った
本人の言葉です。

 

2014年の時点で
動画はほぼ週に1回。
字幕まで仕上げると
8時間くらいかかると
話していました。

 

卒業後は会社で働きながら
動画を作っていたようで、
2015年2月の
The Japan Timesの紹介では
「昼は映像制作、
夜はVlogger」でした。

 

2017年の同紙の記事によると、
勤め先は
スタートアップの
IT企業で、
残業代の出ない
長時間労働だったそうです。

 

やがてYouTubeの収入が
その仕事と同じくらいに
なっていると気づいた、
とも書かれています。

2つのチャンネルと、いちばん見られた動画

シャーラさん個人の
チャンネルは2つあります。

 

メインは
ハンドルが
@sharlainjapan で、
チャンネル名は
「Sharmeleon」。

 

2026年10月30日の
実測値で、
登録者79.0万人、
動画627本です。

 

もう1つの
「Sharla in Japan」は
ハンドルが
@heyitssharla で、
同じ日の実測値で
登録者58.0万人、
動画280本でした。

 

名前とハンドルが
入れ違っているので、
少し紛らわしいですね。

 

2019年11月に
「Sharla in Japan」で
編集した動画は
もう一方に上げる、
こちらは生配信だけにする、
と告知していました。

 

生配信用の
「Sharla in Japan」は、
2026年10月30日に確かめた時点で、
2021年5月20日を最後に
新しい動画が出ていません。

 

メインの名前は、
2014年の本人の説明欄では
「SHARMANDER」、
2021年3月のJNTOの記事では
「Sharmeleon」でした。
いつ変えたのかは、
確かめられませんでした。

 

メインで
最も再生されているのは、
2020年11月の
猫ホテルに泊まった1本です。

2026年10月30日時点で
269万回を超えていて、
2017年の耳掃除サロンの
動画が続きます。

 

年別の本数では
2016年の132本が最も多く、
このころが
いちばん精力的に
投稿していた時期と
いえるでしょう。

盛岡、イングランド、そして東京へ

暮らす場所は
何度か変わっています。

 

2019年3月には
「Why I'm Moving Back
to Japan」という動画で、
日本へ戻ることを
報告しました。

 

JNTOのインタビューが出た
2021年3月の時点では、
大好きな盛岡に
住んでいると話しています。

 

同じ年の10月には、
甲状腺の腫瘍の手術のため
日本を離れた経緯を
動画にしました。

 

2022年5月には
「Goodbye Japan…
(for now)」と題して
イングランドへ。

 

2023年8月の
「WE MOVED TO TOKYO!」
という動画は、
東京の新しい家からの
最初のVlogでした。

 

2025年5月に公開した、
荷物が残ったままの
空き家を片付ける動画は、
2026年10月30日時点で
43万回を超えています。

説明欄には、
日本では古い家が
中の物ごと売られることが
多いと書かれていて、
シャーラさんらしい
暮らしの目線ですね。

 

2025年1月から
2026年10月18日までの
20本のうち4本は、
題名に
Abroad in Japanの
クリス・ブロードさんの
チャンネル名が入っています。

 

2023年3月には
2人の関係について答える
Q&Aの動画を
公開していました。

文房具のお店「Neko Neko Post」と東京の宿

動画の外でも、
シャーラさんは
お店を持っています。

 

Neko Neko Postの紹介ページによると、
このお店は
シャーラさんと
共同運営者の
Ushkaさんの2人で
始めたものです。

 

文房具好きの
猫の飼い主どうしで、
日本の文房具を
世界へ届けていて、
注文は2人で
手詰めしているそうです。

 

2025年10月には
東京・日比谷での
ポップアップショップを
説明欄で告知し、
翌月には
「We Opened a Shop in
Tokyo!」という動画も
出していました。

 

チャンネルの
リンク欄には、
もう1つ
「My Tokyo AirBnb」
として東京の宿の
ページも並んでいます。

 

撮るだけでなく、
日本で商いをする側にも
回っているわけですね。

半年ぶりの「Why I Left Youtube」と、いま

メインのチャンネルは、
2025年11月16日のあと
半年ほど(181日あまり)、
新しい動画が出ませんでした。

 

2026年5月17日に
戻ってきた動画の題名は
「Why I Left Youtube」。

 

説明欄の文章は
「ずっと留守にしていた理由」
という一言だけで、
当サイトは
中身を確かめていません。

 

ただ、そのあとも
投稿は続いていて、
5月17日の1本から
10月18日までに、
あわせて6本が出ています。

 

2026年10月30日に確かめた時点で
いちばん新しいのは、
10月18日の、
イングランドの
古いパブで
幽霊を見たという動画です。

 

2021年9月の
日本外国特派員協会(FCCJ)の会報で、
シャーラさんは
「カナダを出たころ、
日本について知られていたのは
寿司とサムライと
アニメだけだった」
と話していました。

 

電車や自動販売機、
お菓子の多さのような
小さなことを見せたかった、
とも語っています。

 

ペースはゆっくりに
なりましたが、
その目線は
いまの動画にも
残っているのではないでしょうか。

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