
「でんじろう先生は『科楽者』」
これは、
2026年7月に
あるYouTubeチャンネルが
公開した動画の題名です。
公開したのは、
「でんじろう先生 [公式]」。
サイエンスプロデューサーの
米村でんじろうさんが立ち上げた
会社のチャンネルです。
テレビの実験コーナーで
おなじみの
「でんじろう先生」ですが、
YouTubeにはチャンネルが
2つあって、
それぞれ持ち主が違います。
今回は、
会社の公式サイトや
2つのチャンネルの動画、
出版社や放送局の発表をもとに、
米村さんの歩みと
YouTubeでの活動を
追ってみますね。
米村でんじろうさんのプロフィール
米村さんの会社
「米村でんじろうサイエンスプロダクション」の
公式プロフィールには、
次のように書かれています。
名前:米村でんじろう
肩書:サイエンスプロデューサー
生まれ:1955年、千葉県
学歴:東京学芸大学大学院 理科教育専攻科 修了
経歴:自由学園講師、都立高校教諭を経て、1996年4月に独立
名前は
「よねむら・でんじろう」と読みます。
会社のプロフィールでは、
漢字で「米村 傳治郎」とも
表記されていますね。
昔の著書にも
『米村傳治郎のおもしろ科学館』
という題名のものがあり、
漢字の表記も
長く使われてきたようです。
小学館が
2026年6月に発表した
『サライ』7月号の紹介では、
「サイエンスプロデューサー・71歳」
と書かれていました。
「内気で人見知りだった」子どものころ
その『サライ』の紹介文によると、
米村さんは子どものころ
「内気で人見知りだった」そうです。
実験や工作は大好きでも、
勉強には興味がなく、
学校も苦手だったと
打ち明けています。
3年間の浪人生活のあとに
東京学芸大学へ入り、
大学院の理科教育専攻科を
修了しました。
教師になったきっかけは、
「教える側は
優秀である必要がない」
という気づきだったそうです。
人に教えることで、
「自分が何をわかっていないか」も
見えてくる、
とも書かれていました。
ただ、やがて
自分は教師に向いていないと感じて、
辞めてしまいます。
いまの姿からは
ちょっと意外ですよね。
1996年の独立と「オレは日本のガリレオだ!?」
会社のプロフィールによると、
米村さんは
「広く科学の楽しさを伝える仕事」を目指して、
1996年4月に独立しました。
同じころ、
NHKの
「オレは日本のガリレオだ!?」に出演して、
話題を呼んだそうです。
1996年には、
「強力なリサイクル電池の発明」で
科学技術庁長官賞を受けています。
1998年にも、
科学技術普及啓発の功績で
同じ賞を受けました。
そして1998年に、
「米村でんじろうサイエンスプロダクション」を
設立しています。
会社概要によると、
設立は1998年5月です。
主な出演番組には、
「世界一受けたい授業」や
「笑っていいとも!」、
「情熱大陸」「徹子の部屋」などが
並んでいます。
CMでも、
ポカリスエットや
森永製菓の「おもちゃの缶詰」などに
出演してきました。
テレビで見かけた記憶がある方も
多いのではないでしょうか。
YouTubeのチャンネルは2つ
ここで、
2つのチャンネルを
整理しておきますね。
1つめは
「でんじろう先生 [公式]」で、
2010年12月に作られた
会社のチャンネルです。
説明欄には、
「米村でんじろうサイエンスプロダクションが
世界一不思議で面白い実験を
お見せします!」とあります。
2つめは
「でんじろう先生のはぴエネ!【公式】」。
こちらは中京テレビの番組
「でんじろう先生のはぴエネ!」の
公式チャンネルです。
中京テレビの番組ページからも、
このチャンネルに
案内されています。
2026年9月28日の実測で、
登録者は
番組の公式チャンネルが
69.6万人、
会社のチャンネルが
27.9万人でした。
どちらも
米村さん個人のチャンネルではなく、
番組と会社のチャンネルです。
登録者の数も、
その前提で見てくださいね。
会社のチャンネルは紙のブーメランから
会社のチャンネルに残っている
いちばん古い動画は、
2011年3月4日の
「【実験01】 ペーパーブーメラン」です。
説明欄には
「紙だから手軽に作れて安全だ」
「自由研究にはぴったりだね」と
書かれていました。
身近な物で試せる実験から
始まっていたのですね。
2018年4月の
「ラップを丸めて叩くと
水晶玉になる説
試してみた結果・・・」は、
2026年9月28日の実測で
約299万回再生されています。
この動画の説明欄には、
「監修:米村でんじろう」と並んで
「出演・撮影・編集:市岡元気」と
書かれていました。
当サイトでも紹介している
市岡元気さんです。
市岡さんは以前、
米村さんの会社の動画で
出演や撮影、編集を担当していました。
投稿がいちばん多かったのは
2023年で、
1年間に182本を
公開していました。
1分に満たない短い実験動画が
中心です。
会社のチャンネルで
いちばん再生されている動画も、
この年の
「衝撃波を出すオランダの涙を
指でつまんで割る」で、
2026年9月28日の実測で
約724万回でした。
一方で、
2025年の1年間の投稿は
0本でした。
それが2026年5月から、
でんじろう先生が
自分の実験について語る
ライブ配信
「実験について語りたい」を
始めています。
7月17日のVol.8まで、
20分台から1時間ほどの配信が
並んでいました。
「はぴエネ!」は3分の実験番組
番組の公式チャンネルの
説明欄には、
「3分実験 ♪ 楽しい科学」とあり、
「中京テレビで毎週土曜午前11時25分から放送中」
と書かれています。
身近な科学の疑問やエネルギーを、
でんじろう先生が
おもしろ実験で解き明かす番組です。
チャンネルには、
2020年7月から、
放送した回の動画が
上がっています。
最初に上がった動画は
2020年4月放送の
「はぴエネ!#574」の回でした。
2026年9月25日には、
9月12日放送の
「はぴエネ!#910」の回が
公開されています。
最近の動画は、
英語やドイツ語、フランス語など
5つの言語の音声に
切り替えられるように
なっていました。
2025年の1年間に
公開された動画は
117本でした。
チャンネルでいちばん
再生されている動画は、
2023年4月に公開された
「瓶割り!水の力 水撃」です。
水を入れたビンの口を
手で強く叩くと、
底が抜けるように割れる、
という実験です。
16秒の短い動画ですが、
2026年9月28日の実測で
再生回数は
約2,271万回でした。
「科楽者」という考え方
冒頭の
「でんじろう先生は『科楽者』」は、
2026年7月のライブ配信を
切り出した動画です。
説明欄には、
「科学はジャンルが多岐にわたり、
すべてを網羅できる専門家は難しい。」
と書かれていました。
そのうえで、
「でも科学の楽しさを伝える
『科楽者』という考え方。」
と続きます。
元のライブ配信の説明欄でも、
終盤は
「科楽者としての自負を語ります」
と紹介されていました。
会社概要には、
「科学の魅力は
受験勉強をしただけでは
十分にわかりません。」
という一文もあります。
伊藤忠商事が
2025年7月に発表した
「なんで展」では、
米村さんが「なんで大使」を務め、
こうコメントしていました。
「『なんで?』を考えることは、
とても楽しいこと。」
『サライ』の紹介文にも、
「無駄や失敗から、
社会がひっくり返るような
発見や発明が生まれる」
という言葉がありました。
勉強が苦手だった子どもが、
教えることで
わからないことに気づき、
いまは「楽しさ」を伝える側に
立っている。
「科楽者」という言葉には、
そんな歩みが
重なって見えますね。
サイエンスショーと、弟子たちのショー
米村さんの会社は、
科学実験に演出を加えた
「サイエンスショー」を
全国で開いています。
会社のキャスト紹介のページには、
「今では弟子たちによるショーも
全国各地で好評開催中です。」
とあります。
会社のチャンネルの動画の説明欄でも、
「米村でんじろうサイエンスショー」と
「弟子たちによるサイエンスショー」の
動画が、分けて案内されています。
名古屋テレビ放送(メ~テレ)は
2026年5月の発表で、
「でんじろう先生のドキドキわくわく
サイエンスショー2026」を
8月に豊田と豊橋で開くと
案内していました。
ただ、この発表には
出演者の欄がなく、
米村さん本人が
舞台に立つ回なのかどうかは
当サイトでは確かめられませんでした。
JR東海ホテルズも
2026年3月の発表で、
名古屋マリオットアソシアホテルでの
サイエンスショーを
6月28日に初めて開くと
告知しています。
こちらも出演者の欄はなく、
米村さんのプロフィールが
添えられている形でした。
本も手がけていて、
河出書房新社の
2024年5月の発表では、
『なんでも!いっぱい!
こども大図鑑【改訂版】』の
日本語版の監修を
担当したと紹介されていました。
アキレス腱の動画
2024年11月9日、
会社のチャンネルは
「実録:でんじろう先生
アキレス断裂の瞬間(音あり)」
という動画を公開しました。
説明欄には、
「運動の前に十分なストレッチや
準備運動が必要なことを
啓発するため」に
掲載すると書かれています。
同じ日には、
番組の公式チャンネルでも
「アキレス腱はなぜ切れる?」
という回が公開されていました。
ご自身のけがの映像まで
啓発のために公開してしまうのは、
いかにも
でんじろう先生らしいですね。
米村でんじろうさんの本名や年齢は?
「米村でんじろう 本名」や
「年齢」と
調べる方もいるようです。
会社のプロフィールと会社概要では、
米村さんの名前が
「米村 傳治郎」という
漢字でも表記されています。
ただ、これが
戸籍上の名前かどうかまでは、
会社のページには
書かれていませんでした。
当サイトでも、
漢字の表記がある、
というところまでにしておきますね。
生まれた年は、
会社のプロフィールに
1955年とあります。
誕生日は書かれていませんが、
2026年6月発売の『サライ』では
71歳と紹介されていました。
大学は、
『サライ』の紹介によると
東京学芸大学で、
会社のプロフィールには
同じ大学の大学院理科教育専攻科を
修了したとあります。
まとめ
米村でんじろう(よねむら・でんじろう)さんは、
1955年に千葉県で生まれた
サイエンスプロデューサーです。
内気で勉強が苦手だった子どもが、
高校の先生を経て
1996年に独立し、
1998年に自分の会社を立ち上げました。
YouTubeには、
2011年から続く
会社のチャンネルと、
中京テレビの
「はぴエネ!」の番組公式チャンネルが
あります。
どちらも
でんじろう先生の実験が主役で、
番組のチャンネルでは
16秒の実験動画が
2026年9月28日の実測で
2,000万回以上
再生されていました。
科学の楽しさを伝える
「科楽者」という言葉は、
でんじろう先生の歩みそのものの
ようにも思えます。
次はどんな
「なんで?」を見せてくれるのか、
楽しみですね。



















