
「ダヲコ」という名前は、
本人のブログによると
「元々のハンドルネームの短縮系」
だそうです。
「〜子って名前に憧れてたから」
とも書いていました。
ハンドルネームから来た名前、
というわけですね。
その人が、2018年に紅白へ出て、
2019年に個人事務所を作り、
2025年には音楽ナタリーの取材で
「ポップフィールドに
もう一度行きたい」と
話しています。
もう一度、とは
どういうことなのでしょうか。
この記事では、年齢や出身、
DAOKOとDaokoの表記、
ニコ動から『打上花火』まで、
独立、新レーベルへの移籍、
『転スラ』の「TACTIC」、
YouTubeの2つのチャンネルを
見ていきます。
チャンネルの数字は、
2026年11月1日に
当サイトが測った値です。
Daokoの年齢や出身は?
Daokoさんは1997年生まれ、
東京都出身です。
公式プロフィールに
そう書かれています。
誕生日は3月4日です。
2017年のReal Soundの取材で
「私、誕生日が3月4日なんですよ」
と本人が話しています。
ですから2026年11月1日の時点で
29歳で、次の誕生日で
30歳になる計算ですね。
読み方は、公式プロフィールでは
「だをこ」、
音楽ナタリーのプロフィールでは
カタカナの「ダヲコ」です。
本人はブログの署名に
「ダヲコ」と書いていました。
DAOKOとDaokoはどう違う?
検索すると3つの綴りが
出てくると思います。
公式プロフィールをたどると、
2013年の楽曲は
「m-flo + daoko」、
2015年のメジャーデビュー作は
『DAOKO』です。
そして2026年11月時点の
チャンネル名は「Daoko」です。
音楽ナタリーのプロフィールには、
「2021年に自主レーベルを
設立以降はDaoko名義で活動」
とあります。
ただ、公式サイトのお知らせを
月ごとに見ていくと、
2020年11月20日の時点で
「Daoko「A(nima)
HAPPY NEW TOUR 2021」
開催決定!」
と書かれていました。
一方で、同じ年の9月の見出しは
「DAOKO 4th ALBUM」
のままで、
本文のほうには
「Daokoが作詞・作曲」
と出てきます。
チャンネルの動画の題名も、
2020年は「DAOKO」、
2021年2月から「Daoko」に
変わっています。
どうやら、レーベルの設立より
少し早い2020年の秋ごろから、
表記が動いていたようです。
変えた理由も知りたいところですが、
少し肩透かしかもしれません。
本人のブログ76本と、
2025年以降の取材を見た範囲では、
理由を語った箇所は
見つかりませんでした。
Xやファンクラブの中までは
見ていないので、
そちらで語っている可能性は
残ります。
ちなみに公式サイトのタイトルは、
2026年11月時点でも
「DAOKO.JP」のままです。
ニコ動から『打上花火』まで
始まりは、中学生の頃の
日課でした。
2015年のReal Soundで
「学校から帰ってきたら
動画サイトを見るのが
日課みたいになってました」
と話しています。
2025年の音楽ナタリーでは、
「学校生活がうまくいってなかった
こともあって、ニコ動に
救いを求めるかのように
夢中になってた」
と振り返っていました。
ラップとの出会いは偶然で、
ランキングを見ていて
「たまたまラップに行きついた」
のだそうです。
当時は女性でラップをしている人が
あまりいなかったので、
「自分でやってみようかな」
と思ったのがきっかけでした。
本人は「ずっと絵の道に進むと
思ってた」とも話しています。
投稿の場に女性のラッパーが
多くいたら、見ているだけ
だったかもしれない、
とまで語っていました。
15歳でインディーズレーベルの
LOW HIGH WHO?に入り、
2012年に1stアルバム
『HYPER GIRL-向こう側の女の子-』
を出しています。
2014年には、TeddyLoidさんと
「ME!ME!ME!」の音楽を担当し、
2015年3月に
TOY'S FACTORYから
『DAOKO』でメジャーデビュー
しました。
当時のReal Soundの見出しには
「女子高生ラッパー」とあります。
そのころまで、彼女は顔を
出していませんでした。
公式プロフィールによると、
初めて顔を出したのは
2015年10月の「ShibuyaK」の
ミュージックビデオです。
2017年8月に出たのが、
米津玄師さんとの
『打上花火』でした。
映画「打ち上げ花火、下から見るか?
横から見るか?」の主題歌です。
このミュージックビデオは、
2026年11月1日の時点で
約7億4,882万回再生です。
公式プロフィールの
「6億回(2024年5月現在)」
からも、さらに伸びていますね。
2015年の取材で、中学生の頃の
話をしている箇所があります。
「米津玄師さんが、まだ〈ハチ〉として
曲を投稿していた頃、
ああいう曲を聴いて
「ヤバい」と思ったりしてました」
というものです。
聴いていた側が、のちに
一緒に歌ったことになります。
本人にとっても
特別な出来事だったのでは
ないでしょうか。
カバーも多い曲で、
当サイトのコバソロさんの記事でも、
この曲のカバーが再生上位に
入っていました。
2018年の年末には、
第69回NHK紅白歌合戦に
出場しています。
個人事務所「てふてふ」の由来は?
翌2019年6月に、Daokoさんは
個人事務所「てふてふ」を
設立しました。
蝶を指す、旧かなづかいの
書き方ですね。
由来はかなり独特です。
2021年9月のブログで、
リチャード・ドーキンスの本に出てくる
「デザイノイド」という言葉を
挙げています。
「デザインされたわけではないが、
あたかもデザインされたかのように
見えるもの」という意味で、
20歳のころに読んだそうです。
渋谷を中心にした生活に
少し疲れて、自然の多い場所へ
旅をしていた時期でした。
そこで出会う稲穂や虫たちが
デザイノイドなのだと知って、
こう思ったといいます。
「デザインされている自分より、
デザイノイドとして生きたいな」
そして「個人事務所に独立して
名前を“てふてふ”としたのも
デザイノイドとしての意識が
あったからだと思います」
と続けていました。
実は2020年8月のブログでは、
デザイノイドの説明に続けて
「蝶々などは進化の過程で、
なるべくして、自然体で美しいのです」
と書いていました。
名前の選び方としては
腑に落ちますね。
では、なぜ独立したのか。
ここも期待に届かないのですが、
理由をはっきり述べた文章は
見つけられませんでした。
語られているのは、
やってみたあとの実感のほうです。
2021年12月のブログには、
「私一人ではDaokoとして
生きていけないことを
実感することができて、
独立してよかったなあと思います」
とありました。
ミュージックビデオの絵コンテを
描き始めたのも、
「事務所を独立して
自分で発案していくことが
多くなり」がきっかけだと、
2020年のブログにあります。
自主レーベルとしての
最初の作品は、
2021年6月30日のEP
『the light of
other days』です。
ジャケットのアートワークを
初めて本人が担当しました。
同じ日に公開された
「fighting pose」の
ミュージックビデオです。
本人はブログで、
「2020~2021年の今の雰囲気・
心情を切り取ったEPです」
と書いていました。
ただ、楽ではなかったようです。
2023年7月のブログでは、
ソロのアルバムを待たせている
理由に、コロナと並べて
「個人事務所立ち上げなど、
環境の変化が大きかった」
と挙げています。
なぜ「ポップフィールドにもう一度」なのか?
その約4年ぶりのアルバムが、
2024年5月22日の
『Slash-&-Burn』です。
音楽ナタリーの取材では、
「すべて自分1人で監修してやる
というのは、いいところと
大変なところがある」
と話しています。
細かいところまで追求できる半面、
「相談できる人がいたらいいのに」
と思うこともあったそうです。
題名は“焼き畑農業”の意味で、
作り終えたときは
「燃え尽き症候群になりました」
とのことでした。
同じ月には、椎名林檎さんの
アルバム『放生会』に
「余裕の凱旋」で参加しています。
2015年の取材で
「椎名林檎さんはすごく大好き」
「子供の頃にお父さんの影響で知って」
と話していた相手です。
翌2025年5月31日、
バンダイナムコミュージックライブの
新レーベルUNIERAに所属することが
発表されました。
「Unique」と「Era」を合わせた
造語だそうです。
ここで出てくるのが、
題名の言葉です。
音楽ナタリーの取材で、
移籍の話の続きとして
こう語っていました。
「私自身、ポップフィールドに
もう一度行きたいと
思っていたんですよね。
末長く音楽を続けるためにも、
20代のうちに自分の地盤を
固めたいという気持ちがあって」
一人で突き詰めたあと、
長く続けるために
もう一度大きな場所へ向かう、
という順番のようですね。
自主で作ったことと
矛盾しているわけでは
ないのでしょう。
もう一つの理由は、
アニメやボカロの文化が
盛り上がっていることでした。
「アニメの曲もやりたい
というのも、モチベーションの
1つになってます」
と話しています。
なお、公式サイトのプロフィールには
2026年11月1日の時点で
UNIERAの名前が出てきません。
一方で、サイトの著作権表示は
teftefのままです。
てふてふが今どう関わっているのか、
マネジメントの体制までは
確かめられませんでした。
「TACTIC」はどんな曲?
「TACTIC」は、TVアニメ
『転生したらスライムだった件 第4期』の
オープニング主題歌 第2弾です。
転スラ公式サイトが
2026年6月19日に発表し、
配信は7月4日でした。
第2クールの放送は
7月3日からです。
作編曲はGiga &
TeddyLoidで、
作詞がDaokoさんです。
Real Soundの対談によると、
先に『転スラ』側からオファーがあり、
誰と作るかを考えたときに
「真っ先にTeddyさんが浮かんだ」
のだそうです。
「ME!ME!ME!」から
10年以上の付き合いになるわけですね。
作詞はかなり難航したようです。
同じ対談の後半では、
「頭から熱が出るくらい
作品と向き合いました」
と話しています。
『転スラ』側から渡された言葉には
「欲望」のような強いものが多く、
「自分が普段、自発的には
あまり扱わない感情や題材」
だったそうです。
原作小説のほか、
いろいろな本を読んだといいます。
イントロの奇妙な入り方は、
本人のリクエストでした。
『地獄先生ぬ~べ~』の
オープニングのような入り方が
好きだと伝えたそうです。
公開後の反応で面白いのは
海外のコメントで、
冒頭について「レゲトンだ!」という声が
すごく多く届いたといいます。
本人も「ラテン音楽を聴いている層が、
自分のファンの中にも
結構いるんだと分かりました」
と話していました。
ミュージックビデオは
2026年7月8日の公開で、
11月1日の時点で約242万回です。
音楽ナタリーによると、
ナースや教師に扮し、
着ぐるみでも歌っています。
なお、このReal Soundの対談には
PRの表記がついています。
ニコ動との縁も切れていないようです。
2026年4月には、
ニコニコ超会議の中の
「超 World Wide
Words 2026」への
出演が発表されていました。
YouTubeの2つのチャンネルの数字は?
ここが少しややこしいところです。
本人のチャンネルは2つあります。
公式サイトから
張られているのは「Daoko」のほうです。
現在の公式チャンネル「Daoko」の
ページの表示は、
登録者95.6万人、
総再生約10.3億回、
動画114本でした。
(2026年11月1日時点)
開設は2019年6月6日で、
個人事務所の設立と同じ月です。
ただ、関係があるのかどうかは
分かりませんでした。
一方の「daoko_jp」は
2015年2月に開設された
チャンネルです。
『打上花火』の本体は、
実はこちらにあります。
直近の公開投稿は
2021年1月3日で止まっていました。
114本の内訳を調べると、
「Daoko」自身の動画は83本で、
残り31本は「daoko_jp」が
持つ動画でした。
YouTubeのAPI(データを取り出す
仕組み)が返す本数も83本です。
見る場所で本数が変わるわけですね。
しかも「daoko_jp」のページを開いても、
114本・約10.3億回という
同じ表示でした。
なぜそうなるのかは、
確かめられませんでした。
114本の中で
再生が最も多い約7.5億回の動画も、
別のチャンネルのものです。
「Daoko」自身の動画に限ると、
1位は先ほどの「TACTIC」で、
2位は2023年の『月の花』の
約144万回です。
「TACTIC」は公開から
4か月足らずで、
それまでの自身の動画を
上回ったことになります。
総再生のほうは、
数字が合わないところがあります。
83本の再生を足すと約1,168万回、
31本を足すと約8億8,197万回で、
合計は約8億9,365万回です。
総再生の約10.3億回には、
約1.4億回届きませんでした。
この差がどこから来るのかは、
分かりませんでした。
総再生の大半が、
83本だけでは説明できないことは
確かなようです。
最近の投稿は、
「TACTIC」と「SYNC」の
短い告知動画が目立ちます。
直近は2026年10月26日の
12時42分でした。
これからの予定は?
「SYNC」は、2026年10月に
始まったTVアニメ
『TANK CHAIR-戦車椅子-』の
エンディング主題歌です。
作編曲は原口沙輔さんが担当しました。
提供の仕事もあります。
2026年6月には、
Aiobahnさんが
9Lanaさんを迎えた
「letter (feat. 9Lana)」
に
作詞を提供したと発表しています。
音楽ナタリーの
2025年11月の取材では、
自分以外の才能に嫉妬しないかと
聞かれて、
「嫉妬はないですね。
自分とは格が違うと思ってるから」
と答えていました。
かつてニコ動の投稿者だった人が、
下の世代の作家を
素直に面白がっている形ですね。
2026年12月2日には、
「TACTIC」「SYNC」などを含む
アルバム『BIRTH IN BLUE』の
発売が発表されています。
全10曲の予定です。
全国ツアーも決まっていて、
2027年1月9日の仙台から
1月29日の恵比寿まで、
5都市を回る予定です。
20代のうちに地盤を固めたい、
という話でしたから、
30歳を迎える直前のこのアルバムは、
本人にとっても一つの節目に
なるのかもしれませんね。


















