
「ラーメン屋が
一軒あっても
しょうがない」
元プロ野球選手の
高木豊さんが、
野球のYouTubeについて
そう話しています。
高木さんは2018年に
YouTubeを始めました。
元プロ野球選手の
YouTubeとしては
草分けと呼ばれる人です。
大洋ホエールズの
「スーパーカートリオ」の
一角だった人が、
なぜYouTubeを始めて、
仲間を誘ったのでしょうか。
公式の記録と当時の報道、
本人のインタビューから
見ていきますね。
高木豊のプロフィール
名前:高木豊(たかぎ ゆたか)
生年月日:1958年10月22日
出身:山口県
経歴:多々良学園高 - 中央大
ドラフト:1980年ドラフト3位(横浜大洋ホエールズ)
YouTube:高木 豊 Takagi Yutaka
チャンネル開設:2018年3月
登録者:57.1万人
動画:4,159本
測定日:2026年10月6日
生年月日と経歴、
ドラフトの順位は、
日本野球機構(NPB)の
公式の成績ページに
載っているものです。
2026年10月6日時点で
67歳ということになります。
10月22日の誕生日で
68歳になりますね。
出身の山口県は、
光文社の
Smart FLASHの記事の
紹介欄に書かれていました。
スーパーカートリオの一角だった現役時代
NPBの記録によると、
高木さんは1981年から
1993年まで大洋・横浜で
プレーしています。
1994年は
日本ハムファイターズに移り、
この年でユニフォームを
脱ぎました。
通算の成績は
1,628試合に出場して
1,716安打、
打率は.297です。
盗塁は321を数えます。
いちばん走ったのは
1984年で、
この年の盗塁は56でした。
Smart FLASHの紹介欄では、
この年に盗塁王に
輝いたとされています。
同じ記事は、
加藤博一さん、
屋鋪要さんとの
“スーパーカートリオ”の
一翼だったと書いています。
足の速い3人が
打線に並ぶというのは、
当時のファンには
かなり強烈だったのでしょうね。
チャンネルの概要欄では、
引退後に
オリンピック日本代表や
DeNAのコーチを務めたと
本人が紹介しています。
2018年4月、「YouTuberデビューしちゃいました」
チャンネルが作られたのは
2018年3月31日です。
最初の動画は
翌4月に公開されました。
J-CASTニュースは
2018年4月29日に、
このデビューを
記事にしています。
記事によると、
高木さんは
この年の10月に
60歳を迎えるとして、
こう宣言していました。
「60歳を機に
YouTuberとして
やっていきたいと思います」
記事は、
初投稿の日を
2018年4月24日と
書いています。
ただYouTubeの記録では、
この動画の公開は
日本時間の
4月25日13時4分でした。
当サイトでは
どちらか一方には決めず、
両方を並べておきますね。
デビューの理由は
「マジメばっかりで
柔らかさのない野球に
メスを入れていきたい」
というものでした。
野球少年が減っている中で、
YouTubeを通じて
状況を変えたい、
という思いもあったようです。
4月25日の夜には
宇野勝さんの
「ヘディング事件」を
若手芸人と再現する動画も
出ています。
技術の動画は「大失敗」だった
最初に作ったのは、
子ども向けの
野球教室のような
動画だったそうです。
2021年の
Smart FLASHのインタビューで、
高木さんは
こう振り返っています。
「最初は野球教室のような
技術系の動画を
作ったのですが、大失敗。
大人のユーザーに
盗塁の技術を教えても、
もう走れないですから(苦笑)」
始めたころは、
取材で球場に行くと
「YouTuber?
何やってんだよ!」という
冷たい視線を感じたそうです。
収益も
最初の3カ月は
8000円程度だったと
話しています。
スタッフに
ステーキをご馳走したら
赤字だったというのは、
笑い話にできる今だから
言えることかもしれませんね。
流れを変えたのは
「歴代ベストナイン」の
企画だったと、
2024年の対談で
話しています。
はじめてバズったことで、
野球のことをしっかり伝えるのが
一番いいのかな、と
方向性が見えたそうです。
「だから僕が先駆者をしているわけです」
開設から4か月あまりの
2018年8月、
ABEMA TIMESが
高木さんに話を聞いています。
記事によると、
登録者は
8月20日の時点で
約2万3000人でした。
高木さんは
テレビには縛りがあるので
「自由に発信が
したかったんです」
と話しています。
そして、
野球界には
キャラクターが
「死んじゃっている」人が
たくさんいると続けます。
「こういう人たちが
グループ単位で
発信できたら、
何かの足しになるんじゃないかと。
だから僕が
先駆者をしているわけです」
始めたばかりのころから、
自分ひとりではなく
後に続く人のことまで
考えていたようです。
阿部慎之助さんの回と、ダルビッシュ有さんの回
Smart FLASHの記事で
高木さんが
「いちばんバズった」と
挙げたのは、
阿部慎之助さんの回です。
阿部さんが
現役を引退して、
巨人の二軍監督に
就任するときに
出演した回でした。
2021年の記事の時点で
約204万回でしたが、
当サイトが
2026年10月6日に測ると
約231万回でした。
同じ日に
全4,159本の再生回数を
並べ直したところ、
いちばん見られていたのは
2023年3月の
ダルビッシュ有さんの回です。
この日の再生回数は
約405万回でした。
同じシリーズの3本目も
約382万回と、
これに続いています。
2024年の
新R25のインタビュー
(パーソルグループとの
連載企画の記事です)で、
高木さんはこう話しています。
メジャーの第一線で
活躍している選手からは、
自分のほうが
「豊富な知識を教えてもらう
立場だと思っている」
とのことでした。
大先輩なのに
教わる側に回れるところが、
ゲストが出てくれる
理由のひとつなのかもしれません。
里崎智也さんを誘った「ラーメン横丁」
2024年3月、
現代ビジネスに
高木さんと
里崎智也さんの
対談が載りました。
記事は高木さんを、
元プロ野球選手YouTubeの
「元祖であり、
トップランナー」
と紹介しています。
里崎さんが
「元プロ野球選手で
YouTubeをはじめたのは
豊さんが最初ですよね」
と聞いています。
高木さんの答えは
「まあそうだな」
でした。
里崎さんが
YouTubeを始めたのは
2019年で、
「その夏だったよな、
俺がサトを誘ったのは」
と高木さんは話しています。
チャンネルにも
2019年8月に
「里崎智也さんが選ぶ
歴代ベストナイン」
という回が出ていますね。
そして対談の中で
出てきたのが、
冒頭の言葉です。
「ラーメン屋が
一軒あっても
しょうがない。
それよりも、
ラーメン横丁を作ったほうが
いろんな人が
覗きに来てくれるから、
発展性も生まれるんだよね」
翌4月の
新R25のインタビューでも、
東京駅のラーメン横丁を
たとえに出して、
仲間に声をかけた理由を
話していました。
自分が仲間を
誘っていなかったら、
多くのOBが参入するまでに
もう少し時間がかかっていた
かもしれない、とも話しています。
4,000本を超える動画と、いまの高木豊チャンネル
登録者の数は、
記事に書かれた時点ごとに
並べると
こう伸びています。
2018年8月が
約2万3000人、
2021年4月が
約24万人、
2024年3月が
47万人でした。
当サイトが
2026年10月6日に測ると、
57.1万人です。
動画は4,159本でした。
年ごとの本数を
数えてみると、
いちばん多かったのは
2024年の737本です。
2025年1月から
2026年9月までは、
毎月44〜62本の
ペースで出ています。
2026年10月はじめの題名には、
阪神のリーグ連覇や
各球団の戦力外通告など、
その時々のニュースを
解説する回が並んでいますね。
2019年には
セカンドチャンネルも
作られています。
概要欄では
「野球以外にも」話したい、
と紹介されていました。
まとめ
高木豊さんは、
大洋ホエールズの
スーパーカートリオの
一角として走った
元プロ野球選手です。
60歳を迎える2018年に
YouTubeの
高木豊チャンネルを始めました。
技術の動画の
「大失敗」を経て、
ゲストを招く対談を
売りのひとつにしてきました。
始めたばかりの
2018年にはもう
「だから僕が
先駆者をしているわけです」
と話していました。
里崎智也さんたちを
誘っていった先に、
いまの元プロ野球選手YouTubeの
「ラーメン横丁」が
あるのかもしれませんね。
高木さんが誘った
里崎智也さんや、
同じように
YouTubeで活躍している
上原浩治さんの記事も
こちらからどうぞ。






















