「もう黙って日本に住めよ」と言われて移住。noriyaroことAlexi Smithが英語で撮る、日本の車文化
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日本の峠やサーキットで
車を走らせながら、
その様子を英語で
世界へ届けている人がいます。

 

YouTubeチャンネル
「noriyaro」の
Alexi Smith
(アレクシ・スミス)さんです。

 

車好きの間では
海外でよく知られた人ですが、
日本語で読める紹介は
なかなか見つかりません。

 

そこで今回は、本人の動画の
説明欄と字幕、出演した番組、
海外の自動車メディアの
記事を調べてみました。

 

数字は2026年10月31日の
時点で、当サイトがYouTubeの
APIで測った値です。

 

動画の中身は字幕で
確かめていて、
英語の字幕を
当サイトが訳しています。

noriyaroのプロフィール!名前や出身は?

チャンネルの登録者は
2026年10月31日の時点で
74万2,000人です。
総再生は約1億649万回、
動画は292本でした。

 

YouTubeの概要欄には、
日本の車文化のサイト
Noriyaro.comのための動画、
と書かれています。

 

もっとも、10月31日に
そのサイトを開いてみると、
記事は表示されませんでした。
いまの中心は
YouTubeのほうなのでしょうね。

 

Alexi Smithという名前は、
本人のXの
表示名です。

 

Xのプロフィールは
「日本で車のことを全部
やっている」という趣旨の
一文でした。

 

戸籍の表記まで
確かめたわけでは
ありませんが、
本人が名乗っている名前です。

 

出身については、
番組でオーストラリアの
シドニーだと話していました。
生年月日は
見当たりませんでした。

 

ただ、2025年に公開した
トーク回で、
2004年ごろの撮影を振り返って
「24歳だった」と話しています。

 

ここから逆算すると、
1980年前後の生まれと
考えられますね。

「もう黙って日本に住めよ」2008年に移住するまで

いちばん詳しいのは、
2020年12月に出演した
Trash Tasteの第27回です。

 

約2時間の番組で、
ホストの質問に答えて
経歴を話していました。

 

大学が合わなかった本人は、
紙に描くアニメーションを
学びはじめます。
その後に3Dアニメーションへ
進み、仕事にしました。

 

続けたのは
5〜6年ほどだったそうです。
作業の間はヘッドホンで
日本語の教材を流し、
耳で覚えていたといいます。

 

やがて仕事に疲れ、
観光で日本へ来ました。
番組では2005年ごろと
話しています。

 

もっとも、2025年のトーク回では、
2004年の撮影のときには
すでに1回来日していた、
という言い方でした。

 

本人の話で少しずれるので、
2000年代の半ばとしておくのが
よさそうです。

 

転機になったのは、
1人で電車に乗って向かった
福島のサーキットでした。

 

雑誌で働く知人に行き方を
尋ねると、記事も頼まれ、
母親の小さなデジカメと
32MBのメモリーカードで
撮影したといいます。

 

その記事の約1か月後に、
雑誌の仕事に誘われました。
3Dに飽きていた本人は、
そのまま転職します。

 

そこからは、休暇で日本へ来て
写真を撮り、記事を書いて
売る生活になりました。

 

2023年の動画では、
これを「休暇に行って
お金をもらっていた」と
振り返っています。

 

あまりに日本の話ばかりで、
周りの車仲間から
「もう黙って日本に住めよ」
と言われたそうです。

 

そこで選んだのが、
18か月のワーキング
ホリデーでした。

 

全部やめて、全部売って、
1年半住めば気が済むだろう、
という考えだったようです。

 

移住の年は、2023年の動画の字幕に
「2008年に日本へ移る前」
という形で出てきます。
番組では、それまでの来日を
6〜7回と話しています。

 

チャンネルの開設が
2008年11月28日なので、
時期も合っていますね。

 

雑誌からYouTubeへ、2011年の1か月

移住してからは、
撮った記事を英語で
世界の雑誌へ売りました。
同じころにWordPressで
ブログを始めています。

 

公開中でいちばん古い動画は、
2009年3月17日の
備北サーキットの走行です。

 

しかし雑誌はお金に
ならなくなっていき、
本人の言葉を借りれば
「YouTubeは払ってくれる」
ので、そちらへ移りました。

 

ワーキングホリデーが
切れるころには、
仙台にいた友人の勧めで、
雑誌の契約を手に
報道の在留資格へ
切り替えています。

 

大きな出来事だったのが
2011年の東日本大震災です。
燃料が手に入らず、
車の取材ができなくなりました。

 

本人は日本の雑誌に
連載を持っていたそうで、
その月はネットで
「海外のドリフト車の写真を
送って」と呼びかけ、
記事を埋めたと話しています。

 

自分の記事を、読者に
作ってもらった形です。
車が走らせられなくても
記事を止めなかったのは、
書き手として長く
やってきた人らしいですね。

再生1位は、豆腐を配達する回

動画の再生順に並べると、
1位は2016年12月の
「Real Initial D!」です。
2026年10月31日の時点で
651万回でした。

 

『頭文字D』の豆腐店の
86を再現した車に乗り、
榛名山の上まで豆腐を運ぶ
という内容です。

 

 

連番の「Noriyaro Ep.」が
始まったのは2015年5月です。
第2回は衝動買いした
AE86でドリフトをする回で、
再生は218万回でした。

 

もっとも、この回の
日本語字幕では、本人が
「実は、これはハチゴなんです
けど」と明かしています。

 

題名にAE86が付く動画は
28本あります。
痛車が題名に入るのは9本で、
2017年の回は240万回でした。

 

2026年2月にも、
日本最大の痛車イベントに
自分で出た、という
題名の動画を出しています。

 

日本の車好きの中に
本人が入っていく動画が
多いのは、題名を並べるだけで
伝わってきますね。

 

日本語の題名は292本中の
17本で、2011年から
2015年に集中していました。

 

豆腐の回の日本語字幕には
「まだメイク中。土曜日まで
お待ちく!」と入っていて、
少し和みます。

海外での評価とD1GPの実況

海外の記事では、
早くから名前が出ています。
The Driveの2017年2月の記事は、
「著名なドリフトチャンネル」
と紹介していました。

 

Jalopnikの2019年1月の記事は、
日本を映像で英語で伝える
人の中で「いまも大きな名前」
と書いています。

 

Driftedの2025年1月の記事は、
D1GPなどの英語の実況で
知られる人と書いていました。

 

2020年のTrash Tasteでは本人が、
初めて見た福島の大会の実況を
「今はやっている」と
話していました。
いまも続けているかは
確認できませんでした。

 

あの回を出した番組については、
Trash Tasteの記事で
詳しくまとめています。

結婚は?2026年の活動

結婚については、
2020年の番組で本人が
「いまは結婚して
子どももいる」と
話していました。

 

それ以上のことは、
調べた範囲では
出てきませんでした。
2026年の投稿は、
10月31日の時点で12本です。

 

最新は9月24日の
「1JZ Meeting」の回で、
37日が空いています。

 

ただ、2026年の春には
40日を超える間隔が
2回ありましたし、
最新の回の字幕では
車をまた買ったと話し、
次の動画を予告していました。

 

止まったとは
言えなさそうですね。
8月18日の回は、
少し寂しい内容でした。

 

富士スピードウェイの
ショートコースで、
ドリフトができる
最後の日を撮っています。

 

本人の説明では、
理由は整備の都合などで、
その月の末で禁止になる
見込みということでした。

 

一方で「良い知らせもある」
とも話していて、
続きは別の動画に
回しています。

 

 

別チャンネルの
noriyaro2もあり、
10月31日の時点で
登録者10万9,000人、
動画86本でした。

 

Twitchの配信は
チャンネルのリンク欄に
載っていますが、
今どのくらいの頻度かは
確認できませんでした。

 

Jalopnikの2024年7月の記事は、
渋谷で車を映す配信を
以前していた、と書いています。

 

国内のドリフトでは、
釣りよかでしょう。の
むねおさんが競技に出た
FDJ3の記事もあります。

 

あわせて読むと、
同じ世界を別の側から
見られるかもしれませんね。

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