
2026年9月、
アメリカ・ラスベガスの
ミスター・オリンピアの舞台に、
日本のボディビルダーが
立っていました。
横川尚隆さんです。
YouTubeでは
「横川くんの筋肉ちゃんねる」を
運営していますね。
横川さんには、
プロの資格が
2回あります。
2019年の日本一で得たものと、
2025年に6年ぶりの復帰で
つかんだものです。
今回は、雑誌やスポーツ媒体の
記事と本人のチャンネルから、
この2つの資格の間に
何があったのかを
たどっていきますね。
横川尚隆のプロフィール
名前:横川尚隆(よこかわ なおたか)
生年月日:1994年7月10日
出身:東京都
競技:ボディビル
YouTube:横川くんの筋肉ちゃんねる
登録者:約35.6万人
動画:255本
測定日:2026年10月4日
生年月日と出身は、
集英社の
web Sportivaの記事の
プロフィール欄に
載っているものです。
2026年10月4日の時点で
32歳になります。
2025年11月の
めざましmediaの記事でも
「(31)」と書かれていて、
この生年月日と合っていますね。
チャンネルの概要欄は、
「お前もボディビルダーに
ならないか?」
という一文から始まります。
いかにも横川さんらしい
呼びかけではないでしょうか。
自己流5年でボディビル日本一に
横川さんの名前が
広く知られたのは、
2019年の
JBBF日本ボディビル選手権で
優勝したときです。
Tarzanの2020年7月の記事は、
「彼は2019年の
日本ボディビル選手権で
見事優勝を果たした」
と書いています。
同じ記事には、
横川さんの言葉として
「範馬勇次郎の肉体に
なりたいと願えば、
実際にそうなれる」
という見出しが付いていました。
web Sportivaの
2022年1月の記事の題名は
「確立されたトレーニングは
『全部無視』。」です。
続けて、自己流5年で
日本一になったと書いています。
プロフィール欄にも、
本格的に体を鍛え始めて
「わずか5年というスピード」で
日本選手権を制した、と
ありました。
かなり異例の速さだったようです。
もう少し前の話は、
FITNESS LOVEが
2021年5月に掲載した
ロングインタビューで
語られています。
「筋肥大」を意識しだしたのは
22歳でフィジークに
出場し始めてからか、と
聞かれています。
横川さんの答えは
「JBBFのフィジークに
出場したときからですね」
でした。
その前年に出た
ベストフィジークには、
「キックボクシングの身体
そのままで」
挑んだと振り返っていますね。
2019年の資格「IFBBエリートプロ」
日本選手権の優勝で、
横川さんは
1つ目のプロ資格を得ます。
チャンネルの概要欄には、
経歴として
「日本人男子初の
IFBB ELITE PROに選出」と
書かれています。
web Sportivaの
プロフィール欄も、
横川さんを
「日本人初のIFBBエリートプロ
ボディビルダー」と
紹介していました。
ただ、このときの資格は
すぐに試合へ
つながらなかったようです。
同じ記事のインタビューで、
横川さんはこう話しています。
「日本選手権で優勝したことで
資格が発生して
日本初のプロになれたんです。
だけど、国内の試合は
アマチュアが対象なので
出場できない」
続けて
「ならば海外でという話に
なるんですけど、
飛行機は怖くて乗れないし…」
とも話していました。
正直な人なのだろうな、と
感じる一言ですね。
2022年12月、プロ資格の返上
チャンネルを開設したのは
2022年1月17日です。
最初の動画は
1月26日に公開された
「横川尚隆の上腕二頭筋の
動きがヤバすぎる」でした。
その年の12月14日、
横川さんは
「プロ資格を返上した件について。
理由をすべて話します。」
という動画を公開しています。
題名のとおり、
返上の理由は
この動画の中で
本人が話しているようです。
ただ、当サイトは
動画の中身までは
確かめていません。
そのため、理由は
ここには書かないでおきます。
気になる方は、本人の言葉で
確かめてみてくださいね。
6年ぶりの復帰と、IFBBプロカード
2つ目の資格は、
1つ目とは別の大会で
つかんだものです。
2025年11月の
VITUP!の記事によると、
横川さんは
2025年11月1日の
「Japan Open 2025」で
6年ぶりにステージに復帰しました。
そして11月23日、
FWJ(Fitness World
Japan)の大会
「Olympia Amateur
Japan 2025」に
出場しています。
記事は、クラス別で優勝し、
その勢いで
オーバーオール戦も制して
プロカードを獲得した、と
伝えていますね。
めざましmediaも
同じ2025年11月に、
横川さんが
本人のInstagramで
この大会について
発信したことを報じていました。
2019年の資格と
2025年のプロカードは、
取った大会も
経路も違います。
同じ「プロ」でも、
別々の2つだと
考えたほうがよさそうですね。
プロ初戦で優勝、そしてオリンピアへ
プロとしての初戦は、
2026年8月2日でした。
千葉県の
市原市市民会館で開かれた
「ZeniX Japan Pro」です。
VITUP!の配信記事によると、
日本人5人を含む
11人が出場した
「MEN'S 212
BODYBUILDING」で
横川さんは優勝しています。
チェコのボディビル専門媒体
Ronnie.czも、
プロデビュー戦で
横川さんが勝ったと
伝えていました。
大会の1週間後、
チャンネルには
「【ここからが本番】
いざオリンピアへ。」
で始まる動画が
公開されています。
題名には
「プロ初優勝の舞台裏
すべて見せます。」と
続いていました。
本人にとっても
ここからが本番、
という気持ちだったのでしょうね。
ミスター・オリンピアで7位
2026年9月28日の
VITUP!の記事は、
横川さんが
ボディビル最高峰の舞台
「ミスターオリンピア」に
出場したと伝えています。
結果は、
ボディビル212で
7位でした。
海外の媒体でも、
Generation Ironと
Fitness Voltの
結果記事が、
7位に横川さんの名前を
載せていました。
同じVITUP!の記事は、
横川さんが
大会直後の動画を
YouTubeで公開したとも
書いています。
チャンネルでは
2026年9月27日に
「負けました。」という
題名の動画が
公開されていました。
2026年10月4日の時点で、
再生回数は
192万回を超えています。
短い題名ですが、
それだけ多くの人が
気にかけていたのでしょうね。
2022年のインタビューで
「飛行機は怖くて乗れない」と
話していた人が、
ラスベガスのステージに
立ったことになります。
再生回数の上位は魔裟斗さんとの動画
当サイトは
2026年10月4日に、
チャンネルの公開動画
255本をすべて調べました。
再生回数が
いちばん多かったのは、
2023年7月11日の
ショート動画
「魔裟斗さんの本気パンチが
ヤバすぎる...part2」です。
同じ日の時点で
1,283万回を
超えていました。
2位は、横川さんが
魔裟斗さんにパンチをする
ショート動画でした。
魔裟斗さんとの共演は、
もっと前からありました。
2022年5月18日の
「憧れの魔裟斗さんと
殴り合ってみた。」です。
こちらも311万回を
超えていました。
題名で
「憧れの」と書いているのは、
横川さん自身ですね。
FITNESS LOVEで語っていた
キックボクシングの話を思うと、
特別な相手だったのかもしれません。
上位には、
空手の世界王者の蹴りを
受ける企画の
ショート動画も並んでいます。
格闘技との組み合わせが、
よく見られているようです。
一方で、題名を数えると
「胸」が入った動画が20本、
「背中」が15本、
「肩」が14本ありました。
どれも部位ごとの
トレーニングを扱った動画です。
トレーニングの解説も
チャンネルの柱ですね。
年ごとの本数は、
2022年が107本、
2023年が75本、
2024年が39本、
2025年が21本です。
開設した年がいちばん多く、
そこから本数は
少しずつ減っています。
減った理由は
当サイトでは確かめていないので、
ここでは数字だけを置いておきます。
チャンネルと「THE BUILD」
横川くんの筋肉ちゃんねるは、
2026年10月4日の時点で
登録者約35.6万人、
動画は255本です。
直近の動画は
2026年9月27日の
「負けました。」で、
今も投稿は
続いているようですね。
概要欄には、
横川さんが監修した
プロテイン
「THE BUILD」も
載っています。
こちらは横川さんが
監修として関わる
商品で、
チャンネルのリンク欄からは
販売サイトに
つながっています。
仕事の依頼については、
概要欄に
「本人のTwitterまたは
InstagramのDMにて」
と書かれていました。
同じ筋トレの分野では、
こちらの記事でも
YouTubeで発信している
人物を紹介しています。
まとめ
横川尚隆さんは、
2019年に
JBBF日本ボディビル選手権で
優勝した
ボディビルダーです。
その優勝で
「IFBBエリートプロ」の
資格を得ましたが、
2022年12月には
プロ資格の返上について
語る動画を公開しています。
2025年11月に
6年ぶりにステージへ戻り、
オリンピアアマチュアで
IFBBのプロカードを
獲得しました。
2026年8月の
プロ初戦で優勝し、
9月のミスター・オリンピアでは
212ボディビルで7位でした。
日本一から
世界の舞台まで、
2つの資格をまたいで
進んできた人だといえそうですね。




















