師・中尾哲彰さんが残した「銀河」を、弟子と息子がもう一度焼く。佐賀・武雄の銀河釉 玉峰窯のYouTube
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器の上に、
星空が広がっている。

 

佐賀県武雄市の窯元
「銀河釉 玉峰窯」は、
チャンネルの概要欄で
自分たちを
「器に拡がる銀河をつくる
佐賀の窯元」と
紹介しています。

 

この釉薬を生んだ
陶芸家の中尾哲彰さんは、
2025年3月8日に
亡くなりました。

 

それから、
オランダ人の弟子ステンさんと
長男の真徳(まさなり)さんが、
同じ「銀河」を
焼き直そうとしています。

 

その歩みを
少しずつ残しているのが、
家族が投稿している
YouTube チャンネルです。

 

この記事では、
YouTube の公開データと
動画の題名・説明欄、
デイリースポーツ(まいどなニュース)と
ねとらぼの記事、
NHK の番組ページ、
窯の公式サイトから、
チャンネルの歩みを
たどってみます。

 

登録者数や再生回数は、
2026年11月7日
午後7時10分すぎに
当サイトが測った値です。

 

動画そのものは視聴しておらず、
題名と説明欄、
記事の記述をもとにしています。

銀河釉 玉峰窯のチャンネルの数字(2026年11月7日時点)

銀河釉 玉峰窯 -GINGAYU-は、
2023年3月26日に
開設されたチャンネルです。

 

2026年11月7日時点の登録者は
10.5万人、
総再生回数は
約1億538万回でした。

 

2026年10月31日までに
公開された動画は121本で、
このうち118本が
ショート動画です。

 

ショートではない
通常の動画は
3本しかありません。

 

年ごとに数えると、
2023年が35本、
2024年が41本、
2025年が24本、
2026年は
10月31日の投稿までで21本でした。

 

2025年12月26日の回には
「100本目の動画」と
題名が付いています。

 

2023年から2025年までを
足すとちょうど100本なので、
数え方は
チャンネル側と一致しています。

 

この121本のうち、
再生回数が100万回を超えた動画は
24本あり、
そのうち15本が
2023年の公開でした。

 

概要欄には
「亡くなった師が残した
銀河釉の夢と物語を紡ぐ」
と書かれています。

 

師匠の中尾さん、
弟子のステンさん、
息子のマサナリさん、
師匠の妻のチカコさん、
そして黒猫のネルソンたちが、
プロフィールに
並んでいます。

網膜剥離のベッドの上で浮かんだ「銀河」

概要欄によると、
中尾哲彰さんは
1952年生まれで、
「この道50年以上の陶芸家」です。

 

32歳のころに
網膜剥離を患い、
「しばらく暗闇と絶望の中で
過ごす」ことになりました。

 

そのとき、
暗闇を照らす星々のような
焼き物を作りたいと
思うようになったそうです。

 

そして
「十数年に渡る研究の末
「銀河釉」を誕生させる」
と、概要欄は続けています。

 

デイリースポーツ(まいどなニュース)の
2024年8月の記事では、
真徳さんが
父の若いころを
こう話しています。

 

大学の哲学科を中退し、
窯業を営んでいた
真徳さんから見て祖父にあたる人の
後を継いで、
22歳のころから作陶を始めた。

 

網膜剥離で
「目が見えず病院のベッドの上で
1年ほど過ごした」とき、
「天空に輝く銀河が
心に浮かび、
その星々に救われた」。

 

それで何年も
独自に釉薬の研究を重ねて
生まれたのが、
銀河釉だというのです。

 

ねとらぼの
2022年4月の記事も、
視力を取り戻したあと
十数年かけて研究したと書き、
製品になるまでの成功率は
50%以下だと
紹介していました。

 

失敗の多い焼き物だ、
ということは
このあとの話にも
関わってきそうですね。

 

チャンネルで
いちばん中尾さんらしい回は、
2024年3月17日の
ショート動画かもしれません。

 

 

「最後、宇宙のような花瓶が
完成します。
元気だった時の
おじいさん師匠の仕事。」

 

再生は
約497万回でした。

投稿しているのは、長男の真徳さん

チャンネルを
動かしているのは、
長男の真徳さんです。

 

概要欄には
「マサナリ(息子)」として
「大学院に通いながら、
ステンと一緒に焼いたり
作ったり
釉薬の研究をしたりしている。
動画編集担当。」
とあります。

 

YouTube のチャンネルより前に、
窯の日常は
TikTok で知られていました。

 

ねとらぼは2022年4月、
中尾さんの肩の上に
黒猫のネルソンが乗ったまま
ろくろが回る動画を、
「中尾さんの息子さんが
投稿しているTikTok」の
動画として
取り上げています。

 

デイリーの記事では、
真徳さんが
「お母さんがその動画を
撮っていたので、
僕がYouTubeに
「猫と陶芸家の日常」と題して
投稿したら」、
多くのアクセスがあり、
窯やネルソンを
知ってもらうきっかけになった
と話しています。

 

YouTube の最初の動画も、
2023年3月26日の
「陶芸工房で働く猫の
分刻みの一日ルーティン。」
でした。

 

猫が入口になったのは
確かなようです。

 

2026年10月31日までの121本の題名を
ハッシュタグも含めて数えると、
猫・ねこ・ネルソンのどれかが入る回は
68本ありました。

 

一方で、
62本の題名の末尾には
「#銀河釉」の
ハッシュタグが付いています。

 

ハッシュタグではなく
題名の文の中に
「銀河釉」が出てくるのは、
2025年4月の
陶器市の告知の1本だけでした。

オランダの花農家から、弟子入りしたステンさん

再生回数の上位は、
2023年9月に
固まっています。

 

この月の11本だけで、
合わせて
約4493万回でした。

 

いちばん見られているのは
9月9日の
この回です。

 

 

「コップが飛んでいく景色を
何度見たことか。」。

 

付いているハッシュタグは
「#オランダ人」
「#修行中」
「#ステンくん」で、
再生は約1370万回でした。

 

この回から、
題名にステンさんの名前や
「オランダ」が入る動画が
増えていきます。

 

数えると
34本ありました。

 

概要欄によると、
ステンさんは
1996年生まれ。

 

オランダで
花農家として働いていましたが、
2022年に日本に来たとき
この窯でろくろに出会い、
陶芸の道に進むと決めました。

 

翌年には
佐賀に移り住んで修行を始め、
2023年秋に
師匠の長女と結婚しています。

 

デイリーの記事で
ステンさんは、
陶芸は
「まったくの素人でした」
と話していました。

 

師匠の作品を見て
「本当にその美しさに
びっくりしました」と、
弟子入りを願い出たそうです。

 

2023年9月の上位には、
失敗作を再利用する回
(約1162万回)や、
土を再生する回
(約646万回)も
並んでいます。

 

捨てる器の多い
焼き物だということが、
そのまま
見どころになっていたのでしょうか。

入院から1年ぶりの工房、そして2025年3月

デイリーの記事によると、
中尾さんは
2023年から入院し、
2024年8月の時点では
病院で療養中でした。

 

ステンさんは
「すぐ入院されてしまって...。」
と話し、
面会のときに
自分の焼いた器を持っていって
指導を受けていたそうです。

 

チャンネルは
2024年10月12日、
「闘病生活を終え、
ついに1年ぶりの工房へ。」
という回を出しました。

 

11月には
「師匠がいない間、
弟子たちによって
焼き上げられた器を見て、
師匠の反応は..」
と続き、
12月14日には
「ついに戻ってきた師匠。
リハビリ開始!!」。

 

その3か月後の
2025年3月17日、
通常の動画
「「中尾哲彰」創造力の冒険」が
公開されます。

 

説明欄には
「3月8日、
8日前のこの時間に
中尾哲彰は
銀河を巡る永遠の冒険に
旅立ちました。」
とあります。

 

続けて
「息を引き取る最後の日まで、
もう一度焼き物を作ることを
望んでいました。」
とも書かれていました。

 

動画は、
通夜と葬儀で流した
回想の映像だそうです。

資料の少ない師の器を、もう一度焼く

2025年6月16日の午前0時、
NHK の
『ドキュメント20min.』「銀河を焼いて 時々ネルソン」が
放送されました。

 

番組ページは、
銀河釉を生んだ陶芸家が
「資料をほとんど残すことなく
この世を去った」と書き、
「息子と義兄のオランダ人が
再び銀河釉を作ろうと
動き始めていた」
と紹介しています。

 

語りは
黒猫ネルソンの視点で、
声は竹内順子さんでした。

 

チャンネルも前日の6月15日に、
「ネルソン監督、
ちゃんと焼き物の解説の
お仕事できるかな?」
と放送を告知していました。

 

窯の
公式サイトの
告知記事によると、
番組は
師を亡くしたあとの
陶器市に向けて、
ステンさんと真徳さんが
銀河釉を焼こうとする
奮闘を記録したものです。

 

その陶器市を
長尺で残したのが、
2025年8月11日の
この回でした。

 

 

「【2025有田陶器市】
師匠を亡くして初めて迎える
オランダ人弟子と
陶芸家族の陶器市」。

 

説明欄には
「師匠の想いを受け継いで、
家族みんなで
お店に立ちます。」
とあります。

 

その陶器市のあとの
ショートの題名は、
焼き直しの
記録のようになっています。

 

2025年6月28日は
「まだまだだけど、
ちょっとずつ
器に銀河が戻って来た。」。

 

8月29日は
「流氷冬銀河を
再現する日も、
そう遠くない..!?」
と書き、
約293万回見られました。

 

10月26日には
「窯から出てきたら
大変なことに、、」
という失敗の回もあります。

 

11月16日には、
「これまでで一番
綺麗に焼けるようになった
銀河たち」
を秋の陶磁器まつりに並べると
告知していました。

 

2026年8月2日には
「残された遺作たち。」、
9月6日には
「3年ぶりの窯で焼いてみると」
という回も出ています。

 

9月20日から22日には、
初めての試みだという
「ぷち陶器市」も開きました。

 

2026年11月7日時点の
概要欄では、
11月19日から23日までの
秋の陶磁器まつりを、
オンラインでも同時に開くと
告知しています。

 

10月25日の回は
「亡き師から受け継いだ
この技と色。」
という題名で始まり、
会場を
「有田のお店&オンラインショップ」
としていました。

 

店の大将と弟子が
カウンターに立つ
鮨屋のまさるさんや、
寿司店の2代目大将の
シェフヒロさんの
記事でも、
店に立つ職人の姿を
取り上げています。

 

銀河釉の星が
師の器にどこまで近づいていくのか、
次の窯開けを
待っている人も
多いのかもしれません。

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