日本語の投稿をやめて、英語へ。worldofxtraのスタン・フカセさんが、ドラァグの名前を冠した服のブランドを東京で経営するまで
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東京で暮らす日々を、
英語の動画で見せている
スタン・フカセさんという人がいます。
TikTokやショート動画で
見かけた方もいるのではないでしょうか?

 

チャンネルの名前は
worldofxtra
です。
登録者は2026年10月31日の
時点で108万人でした。

 

「どんな人なの?」
「XTRAって何のこと?」
「ドラァグは今も続けているの?」
気になっている方も
多いのではないでしょうか。

 

調べてみると、2026年の本人が
「full-time job」と
書いているのは、
動画ではありませんでした。
自分の服のブランドの経営です。

 

そこで今回は、本人の取材記事と
動画の説明欄を調べてみました。
登録者や再生回数の数字は、
当サイトがYouTubeのAPIで
測った値です。

 

動画の中身そのものは確かめておらず、
動画については題名と説明欄の
範囲で書いています。
英語は当サイトが訳しています。

スタン・フカセとは?生まれや育ちは

名前はStan Fukaseと書きます。
片仮名の「スタン・フカセ」は
WWDJAPANの本人取材の表記で、
早稲田ウィークリーでは
「深瀬スタン」と書かれています。

 

WWDJAPANによると、
1998年生まれで、
日本で生まれて
フィリピンで育ちました。

 

2023年3月の動画の説明欄で、
本人は
「half-Japanese
half-Filipino」と
書いています。
父親がフィリピン人、母親が日本人で、
人生の半分を
フィリピンで過ごしたそうです。
育った場所として
訪ねているのはセブでした。

 

東京に拠点を移したのは2017年です。
早稲田大学に入るためで、
国際教養学部の出身です。

 

話せる言葉の数にも驚きます。
2022年の取材では、
英語と日本語のほかに
タガログ語とセブアノ語を話し、
中国語とスペイン語も
勉強したと答えていました。

 

ゲイであることは、
チャンネルの主題そのものです。
本人は2024年12月の
Metropolisの取材で、
日本に住んでいること、
オープンなゲイであること、
ミックスであること、
カトリックとして育ったことなどが
重なって動画が面白くなる、と
話しています。

なぜ英語で発信している?日本語の投稿をやめた理由

始まりはTikTokでした。
2020年のパンデミックの初め頃、
「暇だったので特に理由もなく」
始めたそうです。

 

2021年6月の
The Japan Timesにも、
「有名になるなんて
全く思っていなかった」という
本人の言葉が載っています。

 

最初の投稿は日本語でした。
ところが、ゲイであることと
ハーフであることを理由に、
差別的な言葉の誹謗中傷が
ひどかったと本人は話しています。
2021年10月の
Metropolisでは、
殺害予告まで受けたと語っていました。

 

それで英語だけの配信に
切り替えています。
2022年の時点で、
日本語を使うのは母親と出るときで、
その場合も題名と字幕は
英語にしていたそうです。

 

視聴者も海外が中心です。
2022年の本人の説明では、
最も多いのがアメリカで、
フィリピン、ブラジル、イギリス、
オーストラリアと続き、
日本は10番目ぐらいでした。

 

今の国別の数字は公開されておらず、
確かめられませんでした。
2024年12月の取材でも
「視聴者のほとんどは海外」と話し、
近所を寝間着で歩いても
誰にも写真を頼まれない、と
話しています。

 

ただ、続けて、日本でも
時々は声を掛けられると
話していました。
渋谷や新宿のような
街の中心部での話で、
たいていは気持ちのいい
経験だったそうです。
近所とは事情が違うようですね。

 

本人は、日本から英語で発信する人の
多くは観光や伝統文化が中心で、
自分は日常を見せたいのだと
WWDJAPANに話していました。

 

たしかに、東京の空き家を直す
ANTON IN JAPANや、
街を案内する
Tokyo Cheapoとは
見せているものが違います。
日本のLGBTQ+を英語で発信する人は
少ないので、そこに視聴者の興味が
集まると本人は見ているようです。

XTRAとは?ドラァグを始めたきっかけ

XTRAは、スタンさんが
ドラァグをするときに
使ってきたステージネームです。
WWDJAPANは
「エクストラ」と書いています。

 

チャンネルの説明欄には
2026年10月31日の時点で、
もとはXTRAという
ドラァグアーティストとしての生活を
見せるために始めた、とあります。

 

ドラァグを始めた理由は、
少し意外なものでした。
「ウィメンズ」とされる服を
楽しむための口実だったそうです。

 

男性が着ると変な目で
見られるかもしれない。
それなら自分ではない
女性のペルソナで着てみよう、と
考えたのだといいます。
服の話が先にあったのですね。

 

2021年のMetropolisは、
東京のドラァグの世界の冗談を
紹介しています。
ハロウィンに女性の格好をすると
ドラァグクイーンになる、というものです。
記事は、2019年のスタンさんも
そうだったという書き方でした。

 

同じ記事によると、東京へ来た頃の
スタンさんは、出会ったゲイの人の多くが
ドラァグを知らないことに
驚いたそうです。

 

歌舞伎の女形と比べられることも
多かったようで、
「女形は男性が演じる役で、
ドラァグはアイデンティティの表現」と
説明しています。

 

現場の話も具体的です。
東京のショーでは、
小額の紙幣の代わりに
「YAASS yen」という偽のお札を
5枚1,000円で買って
チップにするそうです。

 

ただ、当時の本人は
「ドラァグだけで食べている人は
まだ知らない」とも話していました。
大きく稼げる仕事ではなかったようです。

2021年7月の動画は、
東京のショーの準備と本番を
見せる回です。
説明欄には、始めて2年ほどで、
体が許す限り続けたいと書かれていました。

ドラァグは今も続けている?本人が語った休止

ここが気になる方も多いはずです。
まず2024年12月の
Metropolisの取材から
見ていきます。

 

XTRAとしては2年舞台に立っておらず、
「彼女」として自分を捉えるのが
難しくなったと話しています。
一方で、XTRAは自分の中に
生きているとも語っていました。

 

本人はこの期間を
「drag hiatus」、
つまりドラァグの休止と呼んでいます。
その間に
スタンとXTRAが一つになった気がする、
という言い方です。

 

本人の言葉で確かめられた
いちばん新しい説明は、
2025年5月の動画の説明欄でした。
ドラァグの格好で
東京を出歩いた回です。

 

そこで本人は
「I was a drag queen
in the past」と過去形で書き、
ドラァグを「this hobby」と
呼んでいます。
またやってみて楽しかった、
という書き方でした。
次はドラァグで何をすればいいか
教えてほしい、とも
呼びかけています。

 

その後も、2025年7月の
「We Dressed as Women
in Japan
for 24 Hours」や、
2026年1月の
「We Dressed as Women
in Rural Japan
for 24 Hours」は
出ています。
2026年1月の回の説明欄は、
これをシリーズの3回目と
書いていました。

 

どれも動画の企画で、
XTRAとしての舞台かどうかは
確かめられませんでした。

 

舞台に戻ったという話は、
当サイトが調べた範囲では
見つかっていません。
「引退した」という言葉も
ありませんでした。
本人が書いているのは、
過去にやっていて、趣味として
また楽しんだ、というところまでです。
少し肩透かしかもしれません。

 

舞台の話とは別に、
XTRAの名前が残っている場所があります。

服のブランドbyXTRAとは?名前の由来は

それが服のブランドの
byXTRAです。
2022年6月のWWDJAPANが
「昨年」と書いているので、
始動は2021年になります。

 

公式サイトの説明は、
スタン・フカセがデザインする、
東京発のジェンダーレスな
服のブランドとなっています。
2026年10月31日に見たサイトには
「EST. TOKYO」とあり、
世界へ発送すると書かれていました。

 

2022年の取材で
本人が挙げたテーマは
「clothes have
no gender
(服に性別はない)」でした。
最初のコレクションは全品が
クロップトップで、
オンラインストアにも
「メンズ」「ウィメンズ」の
分類を置いていなかったそうです。

 

クロップトップには、
本人の思い入れがあります。
大学の友人に黄色い1枚を
もらったのがきっかけで、
1週間毎日着たといいます。

 

気に入りすぎて
メルカリでミシンを買い、
持っているTシャツを
全部クロップトップにしたそうです。
男性が着るものとされてこなかった点が
好きな理由の一つでした。

 

服を作るのは小さい頃からの夢で、
高校時代にも
プリントオンデマンドを使った
「UNISX」というブランドを
作っていました。

 

byXTRAの立ち上げでは、
デザインだけでなく、
工場も配送の拠点も
自分で手配したそうです。

 

一方で、
2025年12月の動画の説明欄で、
本人は「I also launched
my brand, byXTRA」と
書いています。
公式の発売より前に、
17分で売り切れたともありました。

 

本人は2021年10月の説明欄でも
「my first clothing line launch」と
書いていて、
ブランドのリンクは2024年の
説明欄にも載っていました。
launchは、その後の発売の
たびにも使われている言葉です。
2025年12月の「launched」が
何を指すのかは
確認できませんでした。

 

名前の理由は、2022年の
本人の言葉がいちばん分かりやすいです。
今はドラァグをしなくても
着たい服を着られるようになったが、
それもエクストラのおかげで、
「彼女がいなかったら
作ることはできなかった」と
話しています。

 

女性の服を着る口実として生まれた名前が、
性別のない服の名前になったわけです。
舞台を離れても、
名前が残った理由が
ここにあるのかもしれませんね。

「full-time job」は服のブランド。2026年の説明欄から

ここからは、
2026年の動画の説明欄の話です。
3月の動画
「Starting a Business
in Tokyo
ISN'T WHAT YOU THINK」で、
本人は自分を
「young CEO」と書いています。

 

撮影やマーケティングの計画のほかに、
事業の税金を払う場面も
並んでいました。
目標としては、母親を早く
引退させられるくらい大きなものを
作りたい、とあります。

驚くのは、2026年8月1日の
「i think i'll quit」
という題です。
チャンネルをやめる話に見えますが、
説明欄を読むと、辞めかけたのは
ブランドのほうでした。

 

書かれているのは、
製造の遅れや生産の問題が重なった
発売前の時期のことです。
ニューヨークのブルックリンにある
倉庫も初めて訪ねています。

 

全部自分で選んで背負った
ストレスなのだから、
辞めるべきではないかと
本気で考えた、とあります。
最後には進み方が
見えたとも書かれていました。

2026年9月の
「what my full-time job
in japan
is actually like...」が、
冒頭で触れた動画です。

 

説明欄によると、
ブランド最大の発売に向けて、
デザイン、生産の準備、
写真家を雇った初めての撮影を
進めた1週間でした。
そこへ、ブランドで初めての
拠点になるオフィス探しまで重なります。

 

これを4時間の睡眠でこなした、と
書かれていて、
かなり慌ただしい様子が伝わってきます。
10月の動画の説明欄では、
新しいオフィスを見に行っています。

 

一方で、売上や会社の規模は
確認できませんでした。
「CEO」は本人の説明欄の言葉で、
法人の登記までは調べていません。

登録者はどう伸びた?再生の多い動画は

数字を時点ごとに並べると、
伸び方が見えてきます。

 

2021年10月の
Metropolisで約36万人、
2022年6月の
WWDJAPANで50万人超、
2024年12月の
Metropolisでは
100万人の手前でした。
2025年12月の動画の説明欄で
100万人に届いたと書いていて、
2026年10月31日の時点では
108万人です。

 

同じ日の時点で、
公開されている動画は564本、
総再生は約1億9,338万回、
3分を超える動画は317本でした。

 

チャンネルの開設自体は
2015年10月10日です。
ただ、2026年10月31日の時点で
公開で残っている最古の動画は
2017年1月の日本旅行の映像で、
その次は2020年6月まで空きます。

 

Metropolisは、
継続して投稿を始めたのを
2020年4月と書いています。
実質の始まりはこの頃と
見てよさそうです。

 

本人は2024年の取材で、
伸びた大きな理由の一つに
ショート動画を挙げていました。
本数を見ても、2024年の99本から
2025年は153本に増えています。
どちらの数もショートを含みます。

 

2026年10月31日の時点で、
再生の最多はショートで、
2025年10月の
「JAPAN USES
FAKE EGGS!!!」が
約631万回です。
2024年5月の19秒の動画
「Coming out to our mom」
が同じ日の時点の約590万回で
続きます。

 

同じ日の時点で、長尺の最多は
約337万回の
「coming out to
my homophobic dad」で、
2位は約330万回の
「We stayed at
the FREAKIEST
Love Hotel in Japan」でした。

 

同じ日の時点で、
長尺の上位8本のうち5本は、
題名にラブホテルが入る回です。
題名と説明欄で泊まったと読めるのは、
そのうちの2本でした。
本人が見せたいと話す日常には、
こういう回も入っているのですね。

家族とチャンネルの関係は?母親と父親の話

長尺の最多が
家族の動画だったように、
家族はこのチャンネルの大事な要素です。

 

2024年の取材で本人は、
母親のことを
「とても応援してくれる人で、
自分もYouTuberをしている」と
紹介しています。

 

カメラの前でも後ろでも
家族はそのままだ、とも話していました。
揉めるのは、撮った企画を
誰のチャンネルに出すかで、
たいていは自分が勝つそうです。
いちばん頑固だから、という理由でした。

 

父親は発信者ではないので、
ここは短く書きます。
2022年12月の動画は、
父親にゲイだと打ち明けた回です。
説明欄には、過去の反応が
良いものではなかったとありました。

 

題名の言葉は本人のものです。
当サイトは動画の中身を
確かめていないので、
どんな反応だったのかは書けません。

 

本人は2024年の取材で、
海外のファンに泣きながら
「人生が変わった」と言われることがあると
話しています。
家族に受け入れられずに暮らす視聴者へ
どんな影響があるのかは、
実感できていないそうです。

東京での暮らしは安全?本人の話が示す2つの面

本人の話は、
どちらか一方には寄りません。

 

WWDJAPANでは、
クロップトップで電車に乗ったとき、
年配の男性にピアスを引っ張られ、
顔を引っ掻かれたと話しています。
差別の言葉も浴びせられ、
久しぶりに泣いたそうです。

 

それでも、
ありのままの自分でいることが
一種のプロテストなのだと
気づいた、と続けていました。

 

2024年の取材では、
日本では「とても安全だと感じる」と
答えています。
一緒に暮らす彼氏と、
襲われる心配をせずに
外で手をつなげるのが
恵まれていると感じるそうです。

 

同時に、日本にはまだ
LGBTQ+の人が異性愛者と同じように
暮らせる法律が足りないとも話し、
同性婚が早く認められてほしいと
語っていました。
どちらも本人の実感なのでしょうね。

 

同じ2024年の取材で、
これからやりたいこととして
挙げたのはモデル、演技、
リアリティ番組でした。
憧れにはレディー・ガガの名前があります。

 

その取材の本文に、
自分のブランドの話は出てきません。
説明欄にリンクは載っていた頃ですが、
理由までは分かりません。
それから1年ほどで
本人は「launched my brand」と
書き、
2年足らずで、
説明欄の「full-time job」は
服の話になりました。

 

幼い頃のスタンさんは、
ベッドシーツのドレスで
「Bad Romance」を
踊っていたそうです。
服で遊んでいた人が
服の経営者になったと思うと、
なんだか納得してしまいますね。

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