オテル・ドゥ・ミクニを閉じる前の2020年4月、三國清三はジャーマンポテトからYouTubeを始めた
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フランス料理の
「オテル・ドゥ・ミクニ」を
東京・四ツ谷で
長く開いていた三國清三さん。

 

その三國さんが
2020年4月から続けているのが、
YouTubeチャンネル
「シェフ三國清三」です。

 

家庭で作れるレシピを
毎日のように出していた時期もあり、
料理の動画で名前を
知った方もいるかもしれませんね。

 

本人の店の公式サイトと、
自伝を出した出版社の発表、
長崎大学のプレスリリース、
そしてYouTubeの
公式のデータをもとに、
三國さんのことを
見ていきますね。

三國清三さんのプロフィール

名前:三國清三(みくに きよみ)さん
生まれ:1954年、北海道増毛町
職業:フランス料理のシェフ
YouTube:シェフ三國清三(@chef-mikuni)
チャンネル開設:2020年4月11日
登録者:約55.4万人
動画:1,763本
総再生回数:約1億250万回
測定日:2026年10月17日

 

登録者・動画の本数・
総再生回数は、
2026年10月17日に
当サイトがYouTubeの
公式のデータから測った値です。

 

生まれ年と出身地は、
自伝の版元の扶桑社、
新潮社の著者紹介、
本人の店の公式サイト、
長崎大学の資料の
4つが同じ記載でした。

増毛町から帝国ホテル、スイスの日本大使館へ

オテル・ドゥ・ミクニの
公式サイトの年表によると、
三國さんは1969年、
15歳で料理人を志して
札幌グランドホテルで
修業を始めています。

 

その後は帝国ホテルに移り、
1974年には
「帝国ホテル村上料理長の推薦により、
弱冠20歳で
駐スイス日本大使館の料理長に就任」
と年表に書かれています。

 

大使館で働くかたわら、
フレディ・ジラルデ氏に師事し、
その後もトロワグロや
アラン・シャペルなど
三ツ星の店で修業を重ねたそうです。

 

日本へ帰った年は、
資料によって1年ずれています。

 

新潮社の著者紹介は
「1982年帰国」、
店の公式サイトの年表は
「1983年 日本に帰国する」
と書いています。

 

当サイトでは
どちらが正しいかを
決められる資料に
たどり着けませんでした。
1980年代の初めに帰国した、
というところまでですね。

オテル・ドゥ・ミクニの37年と、8席の「三國」

1985年、三國さんは
四ツ谷に
「オテル・ドゥ・ミクニ」を
開いています。

 

公式サイトの年表には、
その後に海外のホテルで
「ミクニフェスティバル」を
何度も開いたことや、
2007年の「現代の名工」、
2015年のレジオン・ドヌール勲章
シュバリエの受勲が並んでいます。

 

この勲章について
年表は「日本の料理人へは
初めての授与」と
説明していますね。

 

そのオテル・ドゥ・ミクニは、
2022年12月に閉店しました。

 

公式サイトのトップには
いまも閉店の挨拶が載っていて、
「本当に37年間
ありがとうございました。」
という言葉のあと、
「2022年12月」の日付と
三國さんの名前で
結ばれています。

 

扶桑社が
2025年9月18日に出した
発表によると、
店の建物は壊して更地にし、
2025年9月、同じ場所に
カウンター8席だけの店
「三國」が開いています。

 

発表は、この店を
「71歳の三國が、
ひとりで切り盛りする店」と
紹介していました。

 

同じ発表は、自伝
『三國、燃え尽きるまで厨房に立つ』
(扶桑社・2025年9月29日発売)の
告知でもあります。
発表の題には
「人生第二章で
何をしたいのかを記した
渾身の自伝」とありました。

2020年4月、ジャーマンポテトから始まったYouTube

YouTubeのチャンネルが
作られたのは
2020年4月11日です。

 

最初の動画は、
その日の16時すぎに出た
「#001『ジャーマンポテト』」で、
題名の終わりには
「シェフ三國の簡単レシピ」
と付いていました。

 

扶桑社の発表にある
著者プロフィールにも
「2020年に
YouTubeチャンネルを始め」
と書かれています。

 

店の公式サイトの
トップページにも
「YouTubeでレシピを
発信しています」とあり、
このチャンネルへの
リンクが置かれています。

 

チャンネルのリンク欄からも
店の公式サイトへ
リンクが張られているので、
双方向でつながっている形ですね。

2021年は1日も欠かさず番号つきの回が出ていた

このチャンネルの動画は、
多くが「#001」のような
番号つきの題名で出ています。

 

当サイトが
1,763本すべての公開日を
日本時間で数えたところ、
番号つきの回が出た日は
2021年が365日でした。

 

つまり2021年は、
1年のどの日にも
新しい番号の回が
出ていたことになります。
2022年も363日ありました。

 

再生回数がいちばん多い
番号つきの回は、
2022年1月22日の
「#615『鶏むね肉の
にんにくレモンクリーム』」で、
約230万回でした
(2026年10月17日時点)。

 

鶏むね肉という
身近な食材なので、
家で作ってみようと思った人が
多かったのかもしれませんね。

 

チャンネル全体で
いちばん再生が多いのは、
2022年8月の
ローストビーフの
59秒の「#shorts」の動画
(約237万回)でした。

 

題名に「#shorts」を付けた動画は
256本あり、
2022年と2023年に
集中しています。

「Chef Kiyomi MIKUNI」と「シェフのちょい語り」

2023年の元日の回から、
題名の終わりは
「シェフ三國の簡単レシピ」から
「Chef Kiyomi MIKUNI」に
変わっています。

 

その元日の回は
「#959【僕の自己紹介 2023】」で、
「昨年の元旦の続き、
フランス修業時代のお話です!」
という題名でした。

 

この自己紹介は、
2021年から2025年まで
毎年元日に出た
続きものです。
最初の2021年1月1日の
「#229【僕の自己紹介 2021】」は
50分を超える長い回でした。

 

題名を並べると、
2022年は
「東京からスイスへ渡ったお話」、
2023年は
「フランス修業時代のお話」。

 

2024年は
「ビストロサカナザ時代からのお話」
と進んでいきます。

 

そして2025年の元日の回は
「今年で最終回!
バブル時代から
今に至るまでのお話し」
という題名でした。
5年かけて、自分の歩みを
順に語った形ですね。

 

2023年1月からは
「シェフのちょい語り」と題した
話の回も始まり、
これまでに144本あります。

 

いまの直近の番号は
2026年10月13日の#1385で、
これも「ちょい語り」の
質問コーナーの回でした。
レシピに加えて、
話の回もチャンネルの
柱の一つになっているようです。

 

一方で、出る本数は
2021年・2022年に比べると
落ち着いています。
2025年に出た動画は
133本でした。

子どもの味覚の授業「KIDS-シェフ」

三國さんは料理の店や動画とは別に、
子どもの食育にも
長く関わっています。

 

長崎大学が
2025年12月11日に出した
プレスリリースでは、
同大学の附属小学校で
12月16日に
「KIDS-シェフ」を開くと
案内されていました。

 

リリースは
KIDS-シェフを、
三國さんが代表の
一般社団法人
国際食文化交流協会と
株式会社ヤヨイサンフーズが
協働で行う
「日本初の本格的な味覚の授業」
と説明しています。

 

店の公式サイトの年表では、
KIDS-シェフは
2000年に始まったとされています。
2000年に始まって、
2025年12月にも開かれている
活動ということですね。

 

同じリリースの
プロフィール欄には、
2025年に黄綬褒章と
食品産業功労賞を受けたことも
書かれていました。

 

なお、黄綬褒章については
当サイトは国の発表までは
確かめていません。
ここではリリースの
記載として紹介しています。

まとめ

三國清三さんは、
1954年に北海道増毛町で生まれ、
1985年から37年間、
四ツ谷で
オテル・ドゥ・ミクニを
開いていたシェフです。

 

2020年4月に始めたYouTubeは、
2021年には
毎日新しい回が出るほどの
ペースで続き、
動画は1,763本になっています
(2026年10月17日時点)。

 

2022年末に店を閉じ、
2025年9月には
8席のカウンターの店
「三國」を開きました。
2025年12月の
長崎大学の資料でも、
「『三國』オーナーシェフ」と
紹介されています。

 

家庭のレシピから
修業時代の話まで、
三國さんの料理を
画面越しに追える
チャンネルと言えそうですね。

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