
和食料理人の
野﨑洋光さん。
東京・南麻布の
日本料理店「分とく山」で、
長く総料理長を
務めていた人です。
その野﨑さんが
2024年6月に始めたのが、
YouTubeチャンネル
「野﨑洋光のおうち和食」。
煮込まない煮物に、
水で巻く卵焼き。
プロの料理人が
家庭向けに見せる和食は、
意外なものが多いようです。
インタビュー記事と
公的機関の記録、
本人のチャンネルを
もとに見ていきます。
野﨑洋光さんのプロフィール
名前:野﨑洋光
(のざき ひろみつ)
生まれ:1953年
出身:福島県
職業:和食料理人
YouTube:
@nozaki_hiromitsu
生まれ年と出身は、
農林水産省の
広報誌『aff』2023年11月号
のプロフィール欄に
載っています。
2026年2月に出た
料理本の版元の発表では、
福島県古殿町の
生まれとされていますね。
生年月日までは
公表されていないので、
年齢ははっきり
書けません。
ただ2026年7月の動画では、
題名で「73歳現役料理人」と
名乗っていました。
ちなみに名字の「﨑」は、
「崎」とは違う字です。
雑誌『サライ』の記事にも
「『崎』はただしくは
『たつさき』です」
と注記がありました。
薪の釜からガスの台所へ
料理に興味を持った
きっかけは、
子どものころの
食卓だったそうです。
『aff』のインタビューで、
野﨑さんは
こう話しています。
「子どものころ、
当時よく食卓にのぼっていた
濃い味の料理ではなく、
すっきりしたものを
食べたい、と思っていました」
実家では
薪で炊く釜を
使っていましたが、
小学校4年のときに
ガスになりました。
少しの量なら
簡単に作れるように
なったので、
自分の好みのものを
作ってみたのだとか。
故郷では
自家製の味噌や醤油、
豆腐で大豆を
よく食べていた、
とも振り返っています。
同じ記事では
「これまで50年くらい
料理を仕事に
してきました」
とも語っていました。
「とく山」から「分とく山」へ
『aff』のプロフィール欄に
よると、
武蔵野栄養専門学校を
卒業したあと、
東京グランドホテル、
八芳園を経て、
「とく山」の料理長に
就いています。
そして1989年に、
日本料理店
「分とく山」を開店。
同じ欄には、
2004年に
アテネ五輪の
日本代表野球チームの
総料理長に就いたことも
書かれています。
本人が寄稿している
macaroniの
プロフィールでは、
「とく山」の料理長に
なったのは1980年で、
場所は東京・西麻布
となっていますね。
YouTubeの概要欄には
「2023年に30年以上
総料理長を務めた
自身の店を勇退」
とあります。
2026年2月の
世界文化社の新刊の発表
でも、
「2023年に勇退」と
紹介されていました。
一方、2023年11月号の
『aff』のプロフィール欄には、
「現在、グループ5店舗の
総料理長」とあります。
勇退が2023年の
いつだったのか、
この欄がいつの時点で
書かれたものなのかは、
当サイトが確かめた
範囲では分かりませんでした。
どちらも典拠のとおりに
並べておきますね。
故郷・福島への思い
野﨑さんは、
東日本大震災の
被災地の支援にも
早くから動いていました。
2016年3月号の『aff』の対談
で、
こう話しています。
「私は生まれが福島県で、
以前から三陸をはじめ、
岩手県、宮城県にも
よく出入りしていました。
ですから、震災はいわば
親戚が事故にあったようなもの」
仲間の料理人を
何人か連れて、
炊き出しから
始めたのだそうです。
当時は、
東京から被災地を
訪れるツアーを
年に3回企画している、
とも話していました。
故郷とのつながりは
その後も続いています。
福島県のホームページ
には、
「野﨑洋光直伝!
『福、笑い』最高に
美味しい炊き方」
というページが
あります(2020年11月9日更新)。
「福、笑い」は、
福島県が14年かけて
開発したお米です。
このページの時点で、
野﨑さんは
その「アドバイザーを務める」
と紹介されていました。
「素材の味を越えない」という考え方
野﨑さんが料理を作るときに
大切にしているのは、
「素材の味を越えない、
ということです」
と『aff』で答えています。
昔の人が味つけを
濃くしていたのは、
良い素材が手に入らなかった
からだと考えているそうです。
もうひとつの柱が
サイエンスです。
「お米に100度の熱を
20分かければ、
ご飯に変わる」
という話は、
いかにも
理屈で料理をする人
らしい言葉ですね。
インタビューでは、
和食が好きだという
若い聞き手に、
鯛の煮物を
作ってみせています。
魚と野菜を
水に入れて
薄口醤油と酒を加え、
火にかけて
沸騰したら
火を止めるだけ。
「こうでなければならない、
と思い込んでいると
古いやり方から
脱却できません」
YouTubeの動画にも、
この考え方が
そのまま出ている
ように見えます。
YouTube「野﨑洋光のおうち和食」
チャンネルの開設は
2024年6月17日です。
同じ日に出た
最初の動画は、
釜揚げ風
「手抜き蕎麦」の作り方。
1分に満たない
短い動画でした。
初めのころは
「時短ですっきり
『煮ない煮魚』の作り方」
のような短い動画が
並んでいます。
2025年に入ってからは、
10分を超える
じっくりした動画が
増えてきました。
2026年の夏からは、
長い動画と
同じ料理の
短い動画を
同じ日に出す形が
多いようです。
2026年10月13日の
実測で、
登録者は11.3万人、
動画は38本でした。
直近の投稿は
10月10日の
コロッケの回です。
チャンネルの概要欄には、
今は企業アドバイザーや
映画の料理監修も
していること、
著書は100冊を超えることが
書かれていますね。
いちばん見られている「塩トマトご飯」
2026年10月13日の時点で、
再生がいちばん多いのは
2026年8月の
「塩トマトご飯」の回で、
約158万回でした。
概要欄によると、
材料はトマト1個と
生姜1かけ、
塩、温かいご飯だけ。
塩はトマトの2%が
目安とされていて、
生姜はチューブではなく
生のものを使うのが
コツなのだそうです。
材料が少ないぶん、
「素材の味を越えない」が
いちばん分かりやすく
出ている一品かもしれません。
50年かけて辿り着いたお米の炊き方
2番目に多いのは、
2025年10月の
お米の炊き方の回です。
同じ日の時点で
約135万回でした。
題名は
「和食のプロが
50年かけて辿り着いた
“1番美味しい
お米の炊き方”を
教えます」。
概要欄のチャプターを見ると、
炊飯器の一般的な炊き方と
「野崎流」の炊き方、
新米の炊き方、
土鍋の炊き方を
順に見せたあと、
食べ比べをしています。
古古米の炊き方や
米の選び方の話まで
入っているので、
かなり盛りだくさんですね。
『aff』で語っていた
「土鍋でも電子レンジでも
上手にご飯を炊けます」
という話を、
映像で確かめられる
回とも言えそうです。
卵焼きは水で巻く
2026年9月の
卵焼きの回も、
約76万回と
よく見られています。
概要欄によると、
卵3個に
水50ccを加えるのが基本で、
「卵と水は『3対1』」
と書かれています。
出汁ではなく
水というのが、
意外に感じる人も
多いのではないでしょうか。
その一方で、
「この作り方に
こだわらず、
お好きな具材や
調味料で」
作ってほしい、
とも添えられていました。
決まりを押しつけない
ところも、
「こうでなければならない、
と思い込まない」
という考え方に
通じていそうですね。
まとめ
薪の釜からガスに
変わった台所で、
自分の好みの料理を
作り始めた少年が、
「分とく山」の
総料理長になりました。
2023年に店を退いたあと、
2024年からは
YouTubeで
家庭向けの和食を
発信している
野﨑洋光さん。
煮込まない煮物、
水で巻く卵焼き、
トマトをのせるだけのご飯。
どれも
「素材の味を越えない」
の延長にある
料理なのでしょうね。
次はどんな
「こうでなくていい」を
見せてくれるのか、
楽しみなチャンネルです。
家庭の料理を発信する
料理研究家では、
奥薗壽子さんの記事も
書いています。





















